ケルト神話のヘーラクレース、クー・クランの生涯を解説!(前編)


目次


  1. クー・クランの誕生
    • ルーとデヒティネ
    • セタンタは「クー・クラン」へ
    • クー・クランの騎士団入団
  2. 影の国のクー・クラン
    • クー・クランとエメル
    • 師、スカーサハとの出会い
    • 兄弟子、フェル・ディアド
    • アイフェとの戦い
    • 魔槍、ゲイ・ボルグ
    • 戦士の帰還と結婚
    • 英雄たちの血統
  3. 前編まとめ

クー・クランの誕生


ルーとデヒティネ


 ケルト神話を代表する英雄、クー・クラン

 彼は幼名をセタンタと言い、コンホヴァル王の娘デヒティネが光の神ルーとの奇妙な邂逅かいこうの末に授かった子供でした。

 ある日、作物が鳥害にやられ、鳥を追い払うべく兵を率いてエウィン・ワハから出陣したコンホヴァル王の戦車に同乗したデヒティネ。

 鳥たちを追ううちにはるか南のボイン川にまで辿り着いた彼らは、日暮れと共に降り出した雪によって帰れなくなってしまいます。

 幸いにも家屋を見つけ、一晩泊めてもらうことになったデヒティネは、家主の妻の出産を手伝うことになりました。

 しかし夜が明けると、なんと家とその主人たちは子供と、そして子供と同じ日に生まれた二頭の仔馬を残し、すっかり消え去ってしまいます。

 デヒティネ達は大変驚きましたが、それでも彼らは生まれた赤子と仔馬と共に、エウィン・ワハの街へと帰っていくのでした。

 しかし、それから時が流れ赤子が少年となった頃、彼は病に罹り、看病の甲斐もなく死んでしまいます。

 失意の中家へと帰ったデヒティネは、注がれた水に虫が浮かんでいることにも気づかずこれを飲み干しました。

 その晩、デヒティネはある夢を見ます。

 それは、デヒティネの前にルーを名乗る人物が現れ、デヒティネに語り掛けるというもの。

 彼は、死んだ少年は自身の子供であったこと、その少年は今は姿を変えてデヒティネの子供として宿っていること、生まれたその子にはセタンタと名付けてほしいことや、少年と同じ日に生まれた馬たちには成長したセタンタの馬車を牽かせてやってほしいことなどを語りました。

 デヒティネはこれを聞き入れ、生まれた子供にセタンタの名を与えます。

 そしてこのセタンタこそが、のちにケルト神話のヘーラクレースと謳われることになるクー・クランへと成長するのです。

セタンタは「クランの番犬クー・クラン」へ


 成長したセタンタはある日祖父であるコンホヴァル王から、鍛冶師のクランの館に行くが一緒に来ないか、と誘われました。

 しかしハーリング(フィールドホッケーの起源とされるケルト発祥のスポーツ)をしていたセタンタは、これが終わってから行く、と答えます。

 そういうわけで、セタンタを置いてクランの館へと赴いたコンホヴァル王。

 しかし、彼はうっかり館の主人であったクランに、後からセタンタが来ることを伝え忘れてしまいました。

 もう客は来ないと考えたクランは盗人が来ないように、庭に番犬を放ちます。

 一方、ハーリングを終えたセタンタは、そうとは知らずに悠々とクランの館へと向かい、番犬に襲われるとこれを返り討ちにしてしまったのでした。

 自慢だった番犬を殺されて悲しむクランにセタンタは、殺してしまった番犬の仔がその役を継げるようになるまでの間、自分が代わりに館の番をすることを提案します。

 そして時は流れ、立派にその役目を果たしたセタンタはクランの番犬クー・クランの名を得ると以後はこれを名乗るようになりました。

クー・クランの騎士団入団


 やがて、クー・クランの人生に最大の転機が訪れます。

 きっかけはコンホヴァル王付きのドルイド・カスバドが放った、「今日騎士となった者は英雄となるが、長くは生きられぬだろう」という予言。

 これを聞いたクー・クランは城へと赴き、自らを騎士にするようコンホヴァル王に願い出ました。

 彼の身を案ずる王は方便として彼の未熟さを理由にそれを拒みますが、クー・クランは圧倒的な力を示します。

 それを見て、ついに諦めたコンホヴァル王はクー・クランの騎士団入りを認めるのでした。

騎士の旅立ち


 かくして騎士となったクー・クランでしたが、やがて彼はある一人の女性と心を通わせます。

 彼女の名はエメル

 フォヴォリ族の王テスラの兄弟、その孫娘にあたる、実に様々な才能に恵まれた人物でした。

 クー・クランは彼女に求婚しますが、またしても未熟さを理由に今度は彼女の父フォルガルから断られてしまいます。

 未来の舅の心証を良くしたいためか、暴れこそしませんでしたが諦めきれないクー・クラン。

 そんな彼にフォルガルはアイルランドから海を越えた東、現在のスコットランドに位置するアルヴァに住まう武人・ドウナルの元で修行するように命じました。

 こうしてクー・クランはエメルとの結婚を認めてもらうべく、武者修行へと旅立つこととなるのです。

 ちなみにこのフォルガルの言葉は虚言であり、クー・クランが旅立つとフォルガルはエメルをテウィル王ルギドと結婚させようとしました。

 しかし、エメルがこれを拒み、ルギドもまたクー・クランの報復を恐れて婚姻を嫌がったことで、この縁談は失敗に終わるのです。


影の国のクー・クラン


師、スカーサハとの出会い


 さて、一方で旅路の末、アルヴァへとたどり着いたクー・クランでしたが、ドウナルには師事を断られ、さらに東に住まう女武者・スカーサハを紹介されました。

 その紹介に従ったクー・クランはその道中に横たわる「不幸の原」を、青年に化身した彼の父ルーから受け取った魔法の車輪によって踏破し、スコットランドはスカイ島に存在する影の国ダン・スカーを訪れます。

 険しき道程を乗り越えたことで影の国の女王でもあったスカーサハも彼の弟子入りを認め、クー・クランは彼女から約一年にも渡る修行を受けることになりました。

兄弟子、フェル・ディアド


 こうしてスカーサハの弟子となったクー・クランですが、高名な武人であったスカーサハの弟子はクー・クランだけではありません。

 兄弟子たちの中でも、特にクー・クランとの仲を深めたのがフェル・ディアドでした。

 彼は戦闘に際して硬化し、刃を通さなくなる分厚い魔法の皮膚を持った戦士です。

 このような───言ってみれば、怪物的な───特徴を持つ戦士は、ケルト神話にたびたび登場しました。

 一説にはクー・クランの叔父とされることもあるフェルグス・マク・ロイヒなどは両目の間隔や鼻の長さなどが拳七個分あったと言われていますし、クー・クラン自身も戦闘時には「ねじれの発作」と呼ばれる現象を起こし、異形の姿へと変わり戦ったとされます。

 閑話休題。

 フェル・ディアドはクー・クランを弟のようにかわいがり、いつしか二人は親友となりました。

 しかし、そんな彼らにはある運命が待ち受けているのですが、それはまた別の話。

アイフェとの戦い


 クー・クランの師であるスカーサハには、影の国の女王の座を巡るライバルがいました。

 文献によってはスカーサハの姉妹とされることもあるアイフェです。

 彼女はスカーサハに並び立つ強者でしたが、クー・クランによって次々と配下たちを倒され、起死回生の一手としてクー・クランへと一騎打ちを挑むことになりました。

 しかし、彼女の何よりの宝であった二頭立ての戦車とそれを牽く軍馬、そしてそれを操る御者を殺し、或いは破壊したというクー・クランの嘘によって、アイフェは戦意を喪失します。

 負けを認めたアイフェはクー・クランとの間にコンラという息子をもうけました。

 間もなくして影の国での修行を終えたクー・クランは、未だ生まれる前だった息子に対し、「誰にも名を明かさない」、「挑戦を断らない」、「進む道を決して変えない」、という三つの"禁忌ゲッシュ"を課します。

 "禁忌ゲッシュ"とは、守れば神々からの加護が得られる代わりに破れば様々な災難が降りかかる、というケルト神話にける神々への誓約。

 クー・クラン自身も、「犬の肉を食べない」、「目下の者からの食事の誘いを断らない」などの"禁忌ゲッシュ"を己に課していました。

 そしてアイフェに金の指輪を渡したクー・クランは、この指輪が子供の指にぴったりと嵌まるようになったらアイルランドに息子を向かわせるよう言い含め、故郷アルスターへの帰途に着くのです。

魔槍、ゲイ・ボルグ


 英雄クー・クランの代名詞とも言える槍、それがゲイ・ボルグです。

 「袋の槍」の意味を持つこの槍は遠く紅海に棲んでいたといわれる海獣クリードの頭骨から削り出されたと言われ、多くの人の手を経て最終的にはスカーサハからクー・クランの手に渡りました。

 しかし一説にはアイフェがこの原典からレプリカを造ってクー・クランに与えたともされ、そのことからアイフェの槍ゲイ・アイフェとも呼ばれています。

 また、別の説ではその名は特定の槍を指すものではなく、脚を使って投げる曲芸じみた投法のことともされました。

 能力は実に多岐に渡り、北欧神話のグングニルなどにもみられる「必中」や、与えた傷を治せなくする「不治の呪い」なども語られますが、それらの中でも最も凶悪で特徴的な、ゲイ・ボルグを「魔槍」たらしめている能力と言えば、次の二つでしょう。

 即ち、「突き刺せば敵の体内でとげが枝分かれして肉を引き裂き、確実に命を奪う」能力と、「投げれば数多の矢の雨に分裂して降り注ぎ、敵軍を制圧する」能力です。

 この内、特に前者の能力は相手の遺体を解体せねば引き抜けぬ程深く食い込むため、クー・クランはもっぱ石頭のクルージーンクルージーン・カタド・ヒャンというおのずから光を放つ剣と、「ドゥヴシェフ」と呼ばれる槍を使い、強敵相手に止めを刺すときのみゲイ・ボルグを使ったほどでした。

戦士の帰還


 修行を終えたクー・クラン。

 彼はエメルへの想いを募らせながら帰途につき、再びアイルランドの土を踏みます。

 しかし、これに焦ったのはエメルの父フォルガルでした。

 クー・クランに帰ってこられては都合の悪いフォルガルは自らの城にこもり、近づいてきたクー・クランを迎え撃ちます。

 しかし、そこは名高き影の国の女王の薫陶を受けたクー・クラン。

 見事にそのことごとくを払いのけ、フォルガルを追い詰めました。

 クー・クランを恐れ、逃げ出したフォルガルは恐怖の余りになんと城壁から身を投げ、死んでしまいます。

 こうして二人を阻もうとした舅はいなくなり、遂にクー・クランはエメルと結ばれることが出来たのでした。

英雄たちの血統


 ところで、クー・クランには一人の息子がいたことを覚えていますでしょうか。

そう、アイフェとの間に生まれた少年、コンラです。

 彼は生まれてから件の指輪がぴったり嵌まるようになるまでの七年間、スカーサハからの修行を受けて育ちました。

 成長したコンラは父からの言いつけ通り、アルスターへとむけて船を漕ぎ出します。

 そうして辿り着いた浜には、たまたまアルスターの民たちが集まっていました。

 彼らに対し、コンラは石投げの妙技を披露します。

 それは飛ぶ鳥を撃ち落とした後これを蘇生して放ち、再び撃ち落としてはまたも蘇生させて見せるという、奇跡としか言えないものでした。

 さて、肝を冷やしたのは偶然そこに通りかかったコンホヴァル王。

 子供でさえこんな妙技を振るう国があるならば、そこから熟練した戦士たちが大挙して押し寄せた時、アルスターは風前の灯も同じです。

 コンホヴァル王は彼を追い返そうと試みますが、「進む道を決して変えない」という父からの"禁忌ゲッシュ"を負い、また幼少期からスカーサハの武術を叩きこまれたコンラには懐柔も捕縛も通用しません。

 ついにはアルスター最強の戦士であったクー・クランが命じられ、二人はコンラの流れ着いた浜で戦うことになりました。

 剣に格闘にと手を変え品を変え、クー・クランはコンラと戦いますが、驚くべきことに趨勢すうせいはコンラの優位に傾いていきます。

 遂に追い詰められたクー・クランはゲイ・ボルグを繰り出し、親子の対決は父が子を殺す形で決着が着いたのでした。

 この時には既に少年の正体に気付いていたクー・クランは、息子を自らの手に掛けてしまったことに絶望し、狂乱したと言われています。


前編まとめ


 クー・クランは、ケルト神話において最も象徴的で魅力的な英雄の一人です。

 光の神の血統を継ぎ、疑似的な死からの復活を成し、大人になる前から武勇を示しながらも義に厚く、自らの死に怯えることなくいかなる艱難かんなんにも立ち向かう。

 まさに理想的な英雄と言えるでしょう。

 また、影の国では女王にしてのちの師となるスカ―サハや唯一の親友フェル・ディアド、そして思いがけず自らの血をひく子供も得ることになります。

 特に皆伝の証として授けられた魔槍ゲイ・ボルグは彼の切り札としてのちの物語の各所で活躍しました。

 そしてアイルランドへと帰り着いたクー・クランは結婚の障害であった舅を打ち破り、戦士の帰還を心待ちにしていた乙女との結婚を果たすのです。

 しかしその一方で、彼を追ってやってきた息子とは望まぬ結末を迎えることにもなりました。

 以上が、クー・クラン編前編のまとめとなります。

 後編では、クー・クラン物語の終盤、その序章と言えるクールンギャの牛争いターン・ボー・クールンギャから、英雄譚の最終章、クー・クランの最期の戦いまでをまとめたいと思っておりますので、そちらも見ていただけると幸いです。

コメント

このブログの人気の投稿

再構成:ギリシャ神話の往古来今:世界の誕生から人間の時代の到来まで

北欧神話の最高神オーディンを解説! 世界創造から文字の発明まで

再構成:世界を抱える巨大樹!? ユグドラシルと九つの世界の基礎知識